catch-img

【最新研究インタビュー】AE研究を支援するシミュレーションソフトウェア


  • 東京大学生産技術研究所 機械・生体系部門 教授 博士(工学) 岡部 洋二先生
  • 東京大学生産技術研究所 機械・生体系部門 特任助教 博士(工学) 于 豊銘先生


今回は、東京大学生産技術研究所のなかでもAE(アコースティックエミッション)の分野を研究されている岡部(洋)研究室に取材させていただきました。

当研究室では、航空機など高速輸送用の軽量構造体において、構造部材にセンサを組み込んで簡便に損傷検知を行う構造ヘルスモニタリングや、複合材料構造に適した非破壊検査技術の確立、そしてそれらを統合した体系的な高効率検査システムの確立を目指した、構造健全性診断システムに関する研究などを行っています。

そうしたAEの研究に関して、実際に取り組まれている岡部さま、于さまにお話をうかがいました。

※岡部(洋)研究室に関してはこちらよりご覧いただけます。


AE(アコースティック・エミッション)とはどのようなものか教えてください。

岡部:AEは、構造物の内部で損傷が発生する際に、蓄えていたエネルギーが音波として放出される現象です。この音波はAE波と呼ばれ、AE波をセンサでとらえることで、損傷の発生した瞬間を検出したり、どの位置に損傷が発生したかを見つけたりできます。


池上:AE計測は、どのようなシーンで活用されている技術なのでしょうか。


岡部:AE計測は、非破壊検査やモニタリング技術の一種です。何らかの力がかかっている構造物の損傷であれば、ほとんどのAEを捉えられると思います。乗り物などの構造物を運用しながらAEを計測するというより、材料開発の段階で実験ツールの一つとして活用されることが多い印象です。AE計測により、燃料貯蔵用のタンクや土木建築物などの劣化を診断するケースもあります。


池上:生産技術研究所でAE研究を始めたきっかけについて教えてください。


岡部:もともとAEを専門に研究していたわけではなく、20年以上、光ファイバーセンサで複合材料の損傷を検出する方法を研究してきました。当初は、超音波ではなく静的なひずみの変化を検出していました。システムの改良が進み、高速の計測が可能になったため、超音波を検出する研究に発展してAE研究も行うようになったのです。

ちょうどAE研究を始めたころ、航空機のエンジンに使われるセラミックス系複合材の検査に光ファイバーセンサによるAE計測システムを活用できないか、エンジンメーカーと共同で研究を行いました。高温の環境で使われる材料だったため、高温で検査が可能なAEセンサの研究を進めています。



光ファイバーセンサによるAE計測システムの特徴や課題を教えてください。

岡部:通常のAEセンサは、圧電セラミックスの共振現象で感度を向上させ、AEを計測します。一方、光ファイバーセンサは、非常に細い素材ですので、共振現象を使わずに純粋に音波の伸び縮みを捉えることができます。光ファイバーセンサで計測した波形は、物理現象を正確に反映できるため、解析しやすいのも特徴です。

また、通常のAEセンサのように電気信号を使わず、光の信号でAEを計測するため、電気的なノイズを受けにくい特性もあります。


研究室での実験の様子。(画面左:圧電センサ、右:光ファイバーセンサ)
光ファイバーセンサは、圧電センサに比べて広帯域な波形が計測されていることが分かる。


池上:AE計測の課題の一つにノイズの問題があると思いますが、光ファイバーセンサはその課題をクリアしているということですね。もう一つ、AE計測の課題である減衰に関してはいかがでしょうか。


岡部:通常、損傷が発生した場所とセンサの位置が離れると、AE波が減衰し計測できなくなります。光ファイバーセンサは、非常に細くて小さいため、通常のAEセンサを固定できない場所にも設置することが可能です。場合によっては材料の中に埋め込むこともできます。AEが発生する可能性の高い場所まで設置できる光ファイバーセンサは、減衰の影響を受けにくいと考えられます。


光ファイバーAEセンサを用いた水素タンクのAE計測。
防爆性が問題になる水素燃料タンクでも、光ファイバーセンサなら設置できる。


池上:光ファイバーセンサによるAE計測システムは、実用化されているのでしょうか。


岡部:海外のベンチャー企業などでは販売が始まっているようですが、実用化に至っているのかまではわかりません。私たちの研究室でも、これからシステムを開発し、社会実装につなげていきたいと考えているところです。



AE関連研究でシミュレーションは活用されていますか。

岡部:純粋にひずみ波形を捉えることができる光ファイバーセンサは、シミュレーションで計算した結果と照合しやすいのが特徴です。ですので、当研究室では、有限要素法による超音波伝搬解析ソフトウェアを積極的に使っています。


于:CFRP積層板に損傷が発生した場合のAEの伝搬挙動を、超音波伝搬解析ソフトウェアを用いてシミュレーションしました。CFRP積層板は、主に表面に損傷が起こる金属などと違い、内部に損傷が発生するため観察しにくいのが難点です。さらに、トランスバースクラック、層間剝離、カーボンファイバーの繊維破断など、損傷の形態も複雑。異方性も強いため、実験で制御するのはかなり難しく、コストも高いことが課題でした。

そこで役立つのがシミュレーションです。さまざまな条件でAE信号をモデリングし、AE信号の特徴を調査したうえで、実験結果と比較することができます。シミュレーションを活用することで、より効率的かつ確実にAEの伝搬挙動の研究ができるのです。

また、CFRP積層板に亀裂が入った際の伝搬挙動を検知する手法を構築するための研究で超音波伝搬解析ソフトウェアを活用しました。この研究では、実際の実験結果とソフトウェアのシミュレーションが完全に一致することがわかりました。超音波の伝搬を正確にシミュレーションできると証明できたので、今後はAE研究にももっと活用できるのではと考えています。


池上:興味深いお話をありがとうございます。于先生は、AE研究において、AI活用も視野に入れているとうかがいました。


于:AE信号の分析には、AIによる評価が効果的だと考えており、研究室でもディープラーニングを活用した手法を構築しています。

AIモデルの構築には、大量の学習用データが必要です。とある学会では、良質なAIモデルを構築するためには10万個のAE信号のデータが必要だと聞きました。加えて、実験レベルのAE信号だと、大規模な構造物のAE信号を本当に再現できるのかも疑問です。

ですので、AI学習用データの作成にも、低コストで多様な条件のAE信号を大量に作成できるシミュレーションが有効だと考えています。



非常に複雑な構造材料のモデル化には、どのように取り組まれていますか。

池上:CTCでは、材料の複雑な内部構造を詳細にモデル化し、高精度なAE計測を実現する技術としてAE-CAE法を開発しています。


于先生の研究でも非常に複雑な構造の材料を扱っているとのことですが、材料のモデル化にはどのように取り組まれていますか。


于:CFRP積層板のAEシミュレーションの場合ですと、最近は層ごとに分けてモデリングしています。以前、内部に穴がたくさんあるC/Cコンポジットのモデリングに苦労した経験があります。そうした場合には、積層板よりもさらに構造が複雑な織物のモデリングに役立つツールが必要だと思っています。



AE研究の将来展望と、研究が社会に与える影響についてお聞かせください。

岡部:私たちが取り組む、高温の環境で使える光ファイバーセンサの研究が進めば、今までのAEセンサでは計測できなかった環境での計測が可能になります。より正確にAEを解析できるようになれば、材料開発の分野にフィードバックできることが増えるかと思います。

また、タービンなどの発電設備で、常にAEを計測してモニタリングしておけば、構造物の劣化度合いを検証できるでしょう。適切なタイミングで検査を実施できるようになれば、メンテナンスコストを抑えられるうえ、想定外の事故も未然に防げるようになるかもしれません。


池上:今注目されている風力発電の風車にはAE計測を活用できるのでしょうか。


于:風車のような大型構造物には大量のAEセンサを設置する必要があり、コスト面が課題と考えられていました。1本の光ファイバーに複数のセンシングポイントを設置できる光ファイバーセンサは、従来のAEセンサに比べて安価です。大量のAEセンサが必要な風車の計測に活用できる可能性は高いかもしれません。


岡部:また、防爆性が問題になる水素燃料タンクでも、電気を使う通常のAEセンサは使えませんが、光ファイバーセンサなら設置できます。水素関連でも展開していけると思います。


池上:光ファイバーセンサによるAE計測システムは、次世代エネルギーの分野での活躍も期待できるのですね。AE計測は、AE-CAE法や、先ほどお話に出たAIモデルなどと組み合わせることで、さまざまな場面で活用できる技術として広がっていくのではないかと希望を抱いています。



本インタビュー記事の関連ソリューション紹介はこちらをご参照ください。

  計測・CAE連携サービスを用いたAE計測の高精度化 近年、自動車や航空機などの製品において、品質や信頼性の向上が求められるようになりました。そのためには、製品の構造や材料の評価が不可欠ですが、特に重要なのがアコースティックエミッション計測です。アコースティックエミッション計測とは、製品に発生する微小な音や振動を計測し、異常や欠陥を検出する技術のことです。 しかし、アコースティックエミッション計測は、計測対象の複雑さや計測環境の影響などにより、高精度な計測が難しいという課題があります。そこで、本ブログでは、計測・CAE(Computer-Aided Engineering)連携サービスを用いたアコースティックエミッション計測の高精度化について、詳しく解説していきます。 Trans Simulation




インタビュイー紹介

岡部 洋二 先生

東京大学工学系研究科航空宇宙工学専攻で修士・博士を取得後、1999年から同大学の新領域創生科学研究科で助手を経験。工学系研究科の航空宇宙工学専攻で講師・助教授を経て、2007年に生産技術研究所に准教授として着任。現在は構造健全性診断学の研究にあたっています。


于 豊銘 先生

2012年に東京大学大学院工学系研究科システム創生学専攻の修士・博士を取得後、東京大学生産技術研究所に特任研究員として着任。2021年、特任助教に。光ファイバーセンシング技術の構築や、光ファイバーセンサを活用したAE計測の手法構築を専門にされています。


インタビュアー紹介

池上 泰史 氏

伊藤忠テクノソリューションズ株式会社 科学ビジネス企画推進部 プロダクトビジネス課

エキスパートエンジニア、博士(理学)。超音波シミュレーションコードComWAVEの開発を担当。


【関連記事】

  超音波とは? 超音波の活用でできることや非破壊検査について解説 超音波を利用した機器は、製造や医療など多くの分野で活用されています。超音波の基本的な知識や、超音波を活用してできることを知っておくことで、業務の質の向上や効率化につながる機器の導入を検討する際に役立ちます。本記事では、超音波の基礎知識のほか、超音波を活用した機器でできること、非破壊検査について解説します。 Trans Simulation


“事例一覧は下記をクリック‼”


人気記事ランキング


キーワードで探す



伊藤忠テクノソリューションズの科学・工学系情報サイト

 

ページトップへ戻る