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【最新研究インタビュー】インフラ維持管理や災害現場の状況評価を助けるシミュレーションソフト


東京大学 大学院工学系研究科 総合研究機構 i-Constructionシステム学寄付講座

特任准教授 Ph.D 全 邦釘先生(写真右)


今回は東京大学大学院工学系研究科特任准教授でAIやICT技術を活用し、橋梁などインフラ維持管理の生産性を向上するための研究を行っている全さまに取材させていただきました。

全さまは、インフラ関連の研究に加え「ムーンショット型研究開発制度目標3」において、災害現場にAIロボット(無人建設機)の導入を目指す研究にも取り組まれています。

現在取り組んでいる研究やシミュレーションソフトの活用方法についてうかがいました。(以下敬称略、役職当時)


※総合研究機構 i-Constructionシステム学寄付講座に関してはこちらよりご覧いただけます。


専門分野や研究テーマを教えてください。

全:2013年ごろから、インフラ維持管理にAIやICT技術を活用する研究に取り組んできました。橋梁などのインフラの事故を未然に防ぐための点検・診断に、AI画像解析やドローンといった技術を取り入れ、効率化・高度化を目指すものです。

また、内閣府の「ムーンショット型研究開発制度目標3」において、災害現場で無人の建設機が工事を行うための状況評価を研究するプロジェクトにも参画しています。これは2030~40年の実用化を目標としています。


大矢:全先生の主な研究テーマである、インフラ維持管理にAI・ICT技術を活用する研究の背景をお話いただけますか。


全:背景としてまず挙げられるのは、インフラの老朽化です。日本全国で多数のインフラ事故が起きています。インフラ事故が起こる原因はいくつかありますが、老朽化が根本的かつ大きな問題です。土木インフラの寿命は50年と言われています。そのため、1970~80年代にインフラ開発が進んだ日本では、2020年代を迎えた今、多くのインフラの老朽化が顕在化しているのです。

当然、定期的な点検・診断を行っていますが、省力化や低コスト化が喫緊の課題です。橋梁を例にすると、日本には約72万の橋があり、5年に1回点検するルールが定められています。人が手で触れられる距離まで近づいて点検する必要があるため、大きな橋だと相当な時間やコストがかかります。人材不足が深刻化する土木業界では、今後より一層の省人化が求められるようになるでしょう。作業を効率化し、コストを下げることも重要です。かつ、人が行う点検では見落としが起きるのは避けられないため精度を高度化していくことも不可欠です。

このような省人化・低コスト化・精度の高度化の3つを実現するためには、AIやICT技術の活用が不可欠だと10年ほど前から考えるようになりました。従来の研究を着々とやっているだけでは間に合わない。その危機意識が現在の研究を始めたきっかけです。


大矢:具体的にどのような研究を行っているのでしょうか。


全:インフラの維持管理では「どこに損傷があるかを発見する点検」「損傷の危険度の診断」の2つが重要です。私は、点検に活用できるAI開発を進めてきたとともに、損傷が構造物の安全性においてどの程度重大かを診断できるAIの開発を目指しています。

点検では、カメラやドローンで撮影した構造物の画像を1枚ずつAIで解析し、コンクリートのひび割れや、鉄のサビなどの損傷を発見します。そのデータを3次元モデルにプロットして損傷箇所を判明させます。損傷のサイズや状態まで調べることが可能です。



ディープラーニングが登場してから、こうした研究は世界中で取り組まれるようになってきましたが、点検の先にある診断に活用できるAIは開発途上にあります。しかし、診断までできなければ劇的な省人化を実現できたとは言えません。さらに、AIで診断できるようになれば見落としが減り、精度が向上する可能性も高いです。AIが「この損傷は危険性が高い」といったアラートを出せるようになれば、インフラ事故の予防に寄与できると考えています。



災害現場に無人建設機を導入するプロジェクトの背景・目的を教えてください。

全:ムーンショット型研究開発制度では、我々は河道閉塞(※)という災害を扱っています。河道閉塞の工事には、溜まった水を流すためのバイパスを開通させるなど複数の方法がありますが、現場の危険性が高いことが問題です。一度崩れた場所なので、もう一度土砂がなだれ込んでくる可能性がありますし、人が造成した土地ではないため、いつ崩落してもおかしくないからです。

我々の研究では、このような危険な現場の工事を、AIを搭載した無人建設機に任せられるようにすることを目標としています。無人建設機には周囲の状況を評価する機能が必要なため、作業している場所が危険なのかどうかを判断できるAIの開発に取り組んでいます。

※地すべり、がけ崩れ、土石流などで崩れたり流されたりした大量の土砂が、川をふさいで水の流れをせき止めること。



研究で難しい点を教えてください。

全:AIの精度を高めるためには多くの学習データが必要ですが、土木関連、特に災害現場で活用するAIの開発ではデータ取得が課題となっています。

AIが得意なのは、例えば製造業など、扱うものの形や材料が同じで、それに対していろいろなパターンの現象が取れるケースです。一方、土木はAIにとって不利な条件が揃っている。土壌をはじめとする自然環境は不確定性が高く、天候など外部の環境にも左右されます。

特に難しいのが、一つとして同じ状況の現場が無い災害地です。インフラの場合も、スケールが大きい構造物だとデータを取得すること自体が大変ですし、長寿命ゆえに劣化データが溜まりづらいのです。



弊社が販売するITASCA社のFLAC3Dをご導入いただいています。具体的な活用方法、どのような問題に適用しているか教えてください。

全:FLAC3Dを活用しているのは、主に河道閉塞の研究においてです。現場からデータ取得することが難しい災害現場のAI開発では、シミュレーションソフトが不可欠です。

具体的には、Physics-Informed Neural Networks(PINN)の研究モデルを作ろうとしています。さまざまなパターンの土壌・水位を作って、現場がどのように動くかシミュレーションし、集めたデータをAIに学習させています。

正直、シミュレーションでのデータ補足は、できれば選択したくない方法です。シミュレーション結果が必ずしも現実と一致するわけではないからです。ただし、少なくとも「傾向」はつかむことができるので、何もないよりは遥かに良いのです。河道閉塞のようなケースでは、シミュレーションは必須で、これが無くてはそもそも研究が成立しないと言っても過言ではないでしょう。


大矢:主に災害現場の研究にシミュレーションをご活用いただいているとのことですが、土木構造物の研究にも役立てることはできるのでしょうか。



全:可能だと思います。地盤と同じく構造物の内部は外から見ることができません。そのため、シミュレーションでさまざまなパターンを試して「こういう損傷が起こると、内部はこういう状態になっているかもしれない」といったことを予測し、AI開発に活用するのです。AIだからこそ判断できる事例も多くあると考えています。

土木のような不確実性の高い分野にはAIが不向きと思われていますし、使いにくいのも事実ですが、シミュレーションと組み合わせれば大きな価値を生み出せると考えています。



CTCに期待していることがあればお聞かせください。

全:今後、例えば橋の解析であれば、橋そのものの解析だけをすればいいわけではなく、周辺地盤や交通状況なども含めた複合的な解析を求められるようになると予想しています。全てまとめてシミュレーションできるのが理想ですが、それはおそらく難しいでしょう。ですから、種々の解析結果を統合・連携させられる機能が必要です。さまざまなソフトウェアを扱っているCTCさんだからこそ実現できることだと思いますので、非常に期待しています。

特に土木分野では、シミュレーション結果と現実が一致する可能性が低いことは先ほどもお話しました。解析機能が高度化されても精度に限界があることを踏まえると、やはり「連携」がキーワードになってくると思います。

また、解析結果の不確実性まで高度に評価できるようなソフトウェアがあれば、土木業界で大いに役立つかもしれません。現状行っているような、地盤の状態を様々なパターンに変えてモンテカルロ・シミュレーションするアプローチは正直大変です。不確実性の評価までできるとすごく助かりますし、AIにも活用できる可能性があります。



研究の将来展望や、社会に与える影響についてもお聞かせください。

全:変化のスピードが速い昨今において、長寿命ゆえの土木の不変性が、他の技術革新や進化の足を引っ張ることになるのは避けたいです。

そうならないようにするために、インフラや構造物は自律的な情報発信・行動を取れるようになるべきではないかと考えています。少し大げさな言い方かもしれませんが、インフラや構造物に命を与えたいのです。あるインフラが危険な状態に陥っていたら、自らが「私は危険です」とアラートを出せるように。あるいは、今後到来する自動運転時代に、インフラと自動車が通信し、危険な場所があれば迂回させるようなシステムがあれば社会の安全性が向上します。

構造物そのものをロボット化する、構造物にカメラやセンサーを付けるなど、アプローチ方法はいくつも考えられます。私としては、引き続きAIを活用し、画像やセンサーの値から構造物の状態を評価できる仕組みを作っていきます。そして、安全かつ充実した社会の実現を目指したいです。


本インタビュー記事の関連ソリューション紹介はこちらをご参照ください。

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インタビュイー紹介

全 邦釘 先生

2003年東京大学工学部を卒業後、2010年にWayne State UniversityでPh.D.の学位を取得。その後、Yonsei University、愛媛大学を経て、2019年4月より東京大学 大学院工学系研究科 総合研究機構 i-Constructionシステム学寄付講座の特任准教授として、AI・ICT技術を活用したインフラ維持管理の生産性向上に向けて取り組んでいます。土木学会構造工学委員会「AI・データサイエンス実践研究小委員会」委員長 。


インタビュアー紹介

大矢 綾香 氏

伊藤忠テクノソリューションズ株式会社 科学システム本部 科学エンジニアリング第2部 数値解析技術第3課。

博士(工学)。ITASCA社ソフトウェアに関するサポート、受託解析を担当。



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