【清水建設様インタビュー】地盤・基礎に関する取り組み:研究におけるシミュレーションソフトの活用方法
清水建設株式会社 技術研究所 地盤・基礎グループ 博士(工学)主任研究員 桐山貴俊 氏(写真右から2番目)
清水建設株式会社 技術研究所 地盤・基礎グループ 研究員 小田切瑞生 氏(写真1番右)
今回は清水建設株式会社の技術研究所地盤・基礎グループに所属される、桐山さまと小田切さまに取材させていただきました。
地盤工学の分野で,理論,実測,シミュレーションの各技術を使いながら 、プロジェクト課題を解決していくという研究に取り組まれています。
現在取り組んでいる研究やシミュレーションソフトの活用方法についてうかがいました。(以下敬称略、役職当時)
1.研究テーマの概要
桐山:当社技術研究所は民間の研究機関なので、大学の研究機関とは違い、プロジェクト単位で研究活動が動いています。大学の研究ゼミのように土質力学のあるテーマに絞って研究を突き詰めていくといったスタイルではなく、基本的にはプロジェクトに基づいて、プロジェクト内で生じている課題を工学的に解決していくといった位置付けの研究に取り組んでいます。
その中でも、私は、地盤工学の分野で,理論,実測,シミュレーションの各技術を使いながらプロジェクト課題を解決するための研究を進めています。
松浦:桐山様が研究の対象としている地盤と構造に関わる問題についてですが、地下内部で生じている応答が目で見えないため、現象のメカニズムを捉えることが難しい問題かと思います。取り組まれている研究テーマと合わせて、地下内部で生じている挙動をどのようなにして捉えていくのか、理解していくのかといったアプローチについて教えてください。
桐山:地盤に対する研究的な取り組みは、理論的なもの(Theory)、実験的な方法(Experiment)、あと数値解析的な方法、また現場での観察、モニタリングといった方法があります。弊社は建設会社ですから、それらを総合的に組み合わせながらプロジェクトを進め、課題を解決しています。
地盤については、今、松浦さんが言われたように地下内部を見ることができません。見ようとして現場で計測を行っても、測れる点は数点だったり、一部の成分のみだったりと限られてきますので、全体的な挙動を理解するうえでは、計算力学を用いた数値解析的な方法や実験的な観察が有効な手段となっています。
これから具体的に、数値解析の事例と、実験的な可視化に関する研究について紹介します
2. 数値解析/計算手法MPM(MaterialPointMethod)の概要
桐山:ここから、数値解析による検討事例について紹介します。最初に使用する数値解析の手法について話をさせて頂くと、MPM(MaterialPointMethod)という手法による解析ツールを開発して、それを実務に適用しています。
数値解析手法は数多くありますが、MPMは、連続体としての方程式を解きながら、かつ、大変形の破壊領域まで計算できる点が特徴となります。
こちらのスライドは、MPMの手法を用いて、三軸圧縮試験を模擬した事例となります。三軸圧縮試験は、土質力学では基本となる実験でせん断強度を求める試験となります。こちらの実験をシミュレーションにより再現することで、地盤の破壊現象を適切に表現できる計算手法となっていることを確認しています。実プロジェクトに適用する前には、このような確認が大切となります。
出典:桐山 貴俊・肥後 陽介:計算格子を利用した領域積分数値計算法の地盤大変形問題への適用,土木学会論文集A2(応用力学),72(2),I_155-I_165,2016.
3. 数値解析/ニューマチックケーソンの沈設解析
桐山: 続いて、ニューマチックケーソンを対象とした沈設解析の事例について紹介します。ニューマチックケーソンとは、地盤を掘削しながら、構造物を自重により地下に沈設していくという工法になります。都市部での工事では、施工箇所の近くに埋設管や地下埋設物があったりしますので、周辺地盤の変形状況を把握することが施工管理上、非常に重要な課題となっています。
設計時には、もちろんFEM解析による評価も実施していますが、本事例では、ケーソン沈設に伴って地盤変形が進展していく過程を時系列でとらえること目的として、MPMを用いたシミュレーションを実施しています。
現場の施工管理においては、様々なモニタリング情報を考慮しながら進めていますが、合わせてこのような解析的なシミュレーション結果も地盤の変形状況を把握するための有効な手段 として活用されています。
出典:桐山貴俊,關浩太郎,遠藤和雄,前田裕一,ニューマチックケーソン施工時の周辺影響解析に対する粒子法の適用,基礎工,50(11),67-70,2022.
4. 数値解析/杭の破壊メカニズムの確認
桐山:続いて、杭に関わる事例を紹介します。
まず、拡底杭の引き抜き抵抗力について数値解析的にシミュレーションした事例です。
地盤に拡底杭を埋め込むと、面積が広くなるので押し込みや引抜きの抵抗が大きくなるということは、何となく想像がつくかと思います。実際には拡底部周辺の地盤変形が土圧として作用することで抵抗力を発揮しているのですが、 地盤内部の変形がどのようになっているのかを分かりませんので、MPMによる解析を利用して、「地盤のこの部分が変形して、杭を押さえ込んでいる」というメカニズムを視覚的に確認しました。
出典:桐山 貴俊,大竹 浩太,赤木 寛一:拡底杭引抜き時における低拘束圧地盤の変形挙動 -実験および数値解析-,土木学会論文集A2(応用力学),76(2),I_269-I_278,2020.
次に、貫入時のシミュレーションを示しますが、こちらは数値計算法の確からしさを確認するために、模型杭をアルミ棒へ貫入する模型実験を実施しています。実験結果と数値計算結果を比較することで、「この数値計算法は、妥当な解析結果を返している」ということを確認しています。
この様な確認作業は、数値シミュレーションの分野ではV&V(Verification&Validation)と言い、社会的に説明責任として求められてきています。特にMPMについては、新しい計算手法なので、妥当性確認をしっかりしたうえで、シミュレーションに活用するということが重要となります。
出典:Takatoshi Kiriyama, Kota Otake, Shogo Ishii and Hirokazu Akagi : Numerical simulation of pile penetration into geomaterials using particle-element coupled method, 15th World Congress on Computational Mechanics (WCCM-XV), Yokohama, Japan, 2022.
5. 可視化実験について
桐山:ここまで数値解析的な事例を中心に紹介してきましたが、杭挙動の可視化実験については、小田切よりもう少し詳細に説明させて頂きます。
小田切:遠心載荷装置を使った遠心場での観察実験について紹介させて頂きます。観察実験の目的は、地盤の変形挙動を把握すること、地盤・杭の抵抗メカニズムを解明すること、また、最終的には杭の支持力の設計式を提案したいと考えています。
観察実験では、杭を載荷しながら連続で写真を撮影しておき、実験後に画像解析をすることで、最終的に地盤がどう動いているかを可視化しています。手順としては、遠心場で少し画角がずれる状況で写真を撮っていますので、まずは位置の補正を行います。
次に画像解析したい部分をトリミングして、比較したい箇所をPIV(粒子画像流速測定法/Particle Image Velocimetry)にかけます。すると、変位場が得られて、杭の近くが何ミリ変位している、というような図化ができます。
下図は、PIVの手順と、杭の水平載荷時に、地表面に生じる変形状態を観測、可視化した結果を示したものとなります。
こちらは拡底杭の引き抜きについて地盤変形状況の可視化を行った事例となります。引き抜きの進展に伴い、地盤の変形範囲が広がっていく状況が確認できます。
松浦:ご説明ありがとうございます。地盤の変形がキレイに可視化されており、破壊の進展がイメージできて非常に興味深い内容でした。一つ質問ですが、先ほど「建物基礎の設計をするような式を提案したい」とありましたが、従来の設計式との違いや、なぜ、新しい提案を考えられているのでしょうか。
小田切:提案式については、具体的にまだ提案する段階までは至っていないというのが現状ですが、従来の設計式は地盤挙動は考慮していないので、 こういった観察結果から得られる知見を活かすことで、地盤条件の違いなどを考慮した計算式を提案できればと考えています。
桐山:なぜ改めて杭の支持力に関する研究に取り組んでいるかというのもありますよね。建物の高さが高くなり、建物内に大空間を確保するため柱間隔も広がっています。そのため建物を支えるために施工される杭の杭径が大きくなっています。
このため昔ながらの設計評価式が杭径に対応していないという状況もあって、改めて評価式の見直しをしているといった背景もあります。
6. 今後の展望について
清水建設株式会社 技術研究所
松浦:様々な事例の紹介ありがとうございます。地盤と構造物に関わる諸問題に対して、数値解析的手法、実験的な手法、また現場での観測情報を駆使して、組み合わせながら普段目にすることができない地盤内部の挙動を評価されていることが分かりました。
桐山様の進めていく研究において、今後も数値解析は、一つの柱としてご活用されていくと思われますが、数値解析技術についての今後の展望を教えてください。
桐山:数値解析をツールとしてどう活用していくかについてですが、数値解析は様々な用途、目的で使用されています。例えば、非常に単純な「増えていくのか、減っていくのか」といった定性的な傾向を把握したい場合もあれば、設計などの計算値そのものが評価に使われるような場面もあります。
現在、実務においても数値解析は広く取り入れられてきていると認識しています。その中で「研究」という切り口では、新たに開発した数値計算法を「どういった技術課題に対して使っていけるのか」という用途開発のような部分もあります。私は研究として粒子法に取り組んでいますが、現場から崩壊現象が生じるまでは評価したいという要望に対して、どの程度まではその数値計算法が使えるかという精度を確認しながら適用しています。
理想的には、設計に組み込まれることが一つの技術的な終着点となります。そこに至るためには誰が解析しても正確な答えが出るという状態になる必要があります。研究が成熟してきて、解析技術を使う側も結果を受け取る側も主要な着眼点がわかってきて、時間がかかりながら新しい解析技術が普及していくのかなと思っています。
松浦:我々が取り扱うソフトは、研究というよりは実務や設計よりのものではありますが、シミュレーションを提供する立場である我々も、サービスを変えていかなければならないと考えています。
例えば今、貴社でも使っていただいている弊社の「Soil Plus」を事例に取ってみた時、何か弊社に求めることはありますか?「Soil Plus」に限らずシミュレーションソフトとして、あるいはベンダーとして考えておくべきことをアドバイスいただけるとしたら、どのようなものがあるでしょうか。
桐山:個人的な感想となりますが、SoilPlusについては、耐震分野に強く、地盤耐震分野での利用が多いと思っています。今後、設計者が実務に使いやすいように仕上げるのか、研究者向けの細かい仕事に対応するように仕上げるのかなど方向性は色々とあるかと思います。
ただ、日本は東アジアに位置した地震国という地域的な特徴があります。社会のニーズを反映して、広く活用していけるように、最新の知見を取り入れながら発展していってほしいと思います。
インタビュイー紹介
桐山貴俊 博士(工学)
早稲田大学大学院理工学研究科建設工学専攻課程にて修士課程を修了。2004年から伊藤忠テクノソリューション株式会社科学システム事業部にて建設業向けパッケージソフトの開発・保守,建設業向け数値解析業務に従事。2012年より清水建設株式会社技術研究所の地盤・基礎グループにて地盤材料へ適用する数値解析法の研究に取り組む。2018年京都大学より博士号取得。2018年-2019年オーストラリアMonash大学において招聘講師として数値解析法の研究に従事。2022年,令和4年度地盤工学会賞 論文賞(英文部門)受賞。現在は数値モデル・物理モデル・計測データの融合に着目し地盤工学の立場から建設プロジェクトの課題解決に取り組む。
小田切 瑞生 氏
東京工業大学環境・社会理工学院建築学系にて修士課程を修了後、2020年清水建設株式会社入社。清水建設株式会社のイノベーション拠点「温故創新の森NOVARE」建設プロジェクトに従事後,清水建設株式会社技術研究所の地盤・基礎グループに配属。現在は基礎構造の動的応答,地盤・基礎相互作用,地盤変形の可視化に関する研究に取り組む。2023年より日本建築学会「基礎構造設計の課題検討小委員会」傘下の「杭基礎の設計検討WG」では,超高層建物を支持する大口径杭の耐震設計に関わる地盤抵抗力の見直しに,研究者の立場から参画している。
インタビュアー紹介
松浦 敦 氏
伊藤忠テクノソリューションズ株式会社 科学システム本部 科学エンジニアリング第2部 数値解析技術第4課。 シニアスペシャリスト。SoilPlusの開発、サポート、受託解析を担当。
伊藤忠テクノソリューションズ(以下、CTC)では、地震災害、土石流、土砂崩などの自然災害に対する防災・減災、インフラの老朽化に対するメンテナンスに関わる解析ソリューションを提供しております。
詳しくは下記資料をご参照ください。
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